――困った。
【アステリズムに花束を】を、読み終えた私の率直な感想である。


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ハヤカワ文庫が満を持して、刊行した【アステリズムに花束を】
百合×SFという分野において、たしかに、金字塔になる一冊だろう。

9つの作品が収められている。
『SF』と、ひと括りにしても、宇宙を舞台にした分かりやすいSFものから、時代小説を彷彿とさせる、怪異小説に近いものまである。
そのうえ、マンガさえ入っているから、この文庫の層の厚さがわかるというものだ。

さて、何に困ったか。
それは『百合』の部分である。
ぶっちゃけていうと、この本で、はっきり恋愛感情が描かれているものは、ほとんどない。
恋愛じゃない。だけど、確実に百合である。
だから、困ったのだ。

百合という分野は、もともと幅が広い。
人によっては、百合なことも、人によっては、百合じゃなくなってしまう。
この【アステリズムに花束を】は、そういう意味で問題作だ。

百合とSF。
この2つを果敢に推してくる、ハヤカワ文庫の健闘を讃えたい。

百合好きに告ぐ。
この本は、あなたが求める百合が入っていないかもしれない。
だが、今まで見たことない百合が入っているかもしれない。
どう受け取るか、それはあなたの百合次第だろう。



感想、見どころ


【アステリズムに花束を】には、SFマガジンに掲載された百合短編4本と、マンガ1作。それに加えて、描き下ろしが4本入っている。
SFマガジンに掲載された短編は、反響がすごかったと書いてあるように、百合好きのツボをついているといえる。


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どれも違って、どれも百合好きの心をくすぐる作品ばかりだ
軽く振り返ってみたい。


○収録作品の簡単な感想

「キミノエスケープ」は、人がいなくなった世界が舞台だ。
誰もいない世界で、誰かを求めて、旅をする女性の視点で、話は進んでいく。

登場人物は彼女一人。
それで、短編一本を書き上げるというのだから、プロの小説家の腕に脱帽というものだ。
ある日、突然、誰もいなくなった――そんな世界、怖すぎる。
その中で、自分以外の誰かを求めて旅をする。
町並みは日々変わり、自分がどこにいるかも、危うい。

極限状態で、自分以外の誰かの痕跡を見つける。
それは落書きだったり、食べ終わったあとのゴミだったり。
普通であれば、何も気にしない、ちょっとしたことが、ひどく嬉しい。
主人公は、いるかもわからない、見たこともない人を追い求めて、ずっと旅をするのだ。
――誰かひとりを、ずっと追い求める、恋愛じゃなくても、これは確かに百合だろう。

「四十九日恋文」も、また良い。
四十九日の間、死んだ人間と連絡を取ることができる世界で、死んでしまった恋人とやり取りをする話だ。文字数制限があって、徐々に短くなっていくやり取り。
その短文に、何を込めるか。
悩みどころだろう。
そのやり取りでさえ、彼女たちが生前どんな関係だったのかにじみ出でいる。
最後までくると、じんわりと胸が熱くなる短編だった。

「ピロウトーク」は、異色の漫画作品。これを語ると野暮になる気がするので、ぜひ、読んで欲しい。
片思い百合なのだが、こういう結末も、百合らしくて良い気がする。
タイトルとストーリーの関係が、圧巻。

「幽世知能」は、また違う世界観を持つSFだ。
百合としてもダークな部分が多い。
自分だけをひたすら見てもらいたい少女と、その幼なじみの話なのだが……まっすぐに話は進まない
ここらへん、SFの面白さがつまっている気がする。
結末も含めて、ヤンデレ百合と私は受け取った。

「彼岸花」は、もうスゴイとしか、言いようがない。
世界が、まるごとひとつ作られている。
SFだから、大なり小なり、目新しい設定はあるだろう。
しかし、この作品は、まるごと作られているのだ。
自分の常識で読み始めると、少しずつ「あれ?」となり始める。

どこか、違う。なんか、変。
そういう違和感が、徐々に高まり、少しずつ、解消されていく。
このバランスがスゴイ。

変すぎず、飽きすぎず。
わからなすぎて「?」となることもないし、普通すぎてつまらない、となることもない。
さらに、すごいのは、文体が交換日記ということだ。
交換日記の体裁をとっているので、視線が交互になり、それぞれの少女にしか知らない部分が増える。
SFなのか、ミステリーなのか、なんなのか。
読後まで、面白い小説だった。

百合文芸から収録された「月と怪物」や、描き下ろしの「海の双翼」「色のない緑」「ツイスター・サイクロン・ランナウェイ」も、それぞれが違った方向性の、百合を見せてくれる素晴らしさ。
「これが、アンソロジーの面白さだ!」と、ゴリゴリに押されている気がする。

描き下ろしの中で、いちばん気に入ったのは「ツイスター・サイクロン・ランナウェイ」
今の時代、百合に昔ほどの禁忌さはない。
恋や関係、すべてにおいて、禁じられることが、少なくなった。
そんな中で「ツイスター・サイクロン・ランナウェイ」は、禁忌を増やした。

SFという新しい世界観で、同性同士の禁忌さを、わざと増やしている。そのうえ、舞台は宇宙だ。
最新なのか、保守なのか、どっちかにして欲しい。
一瞬、読者を混乱させかねない世界観になっている。
それを読みやすく、それでいて、百合を増々で、作り上げる。
「恐れ入りました!」と、土下座したくなるくらいである。

さぁ、ぜひ、自分の好みの、百合小説を見つけて欲しい。
ひょっとしたら、新しい嗜好を見つけるのに、すごく役立つ……かもしれない。
そういう可能性を、存分に感じさせる内容になっている。


○百合の幅広さを感じるアンソロジー

9つの魅力的な百合作品が集まっている【アステリズムに花束を】。
見方を変えれば、問題作だともいえる。

9つの作品は、すべて、違う方向へと走っている。
『百合』と『SF』。
このふたつを共通のテーマにしているのに、その内容はどれも異なる

読む人によっては、すべて百合じゃない、と言うかもしれない。
むしろ、すべて百合だ、と感じる人もいるだろう。
この手のひらに収まる単行本のせいで、百合好きは戦争をしなければならない可能性がある。

百合の定義は千差万別だ。
「恋愛感情じゃなければ、百合じゃないだろ!」という人もいれば。
「その二人だけにわかる絆があれば、それだけで百合!」という人もいる。
ちなみに、私は女性キャラがいるだけで「百合が始まるかも?!」と思えてしまう、百合脳の持ち主である。
人類、女性はすべては百合要素持ちなのだ。

そんな嗜好をしているせいで、友情だろうと、敵対だろうと、なんだろうと、百合は百合として楽しめる。
ときには、原作ファンが怒るかもしれないレベルで、百合妄想をこじらせることもある。
ライバル関係とか、百合においては、特典にしかならない。

百合においては、ほぼすべて受け入れ体制が整っている
そんな私が、この【アステリズムに花束を】で、百合みの高さを感じたのは「キミノエスケープ」である。
上で書いたように、「キミノエスケープ」は、世界にたった一人になった女性が、いるはずの誰かを探して、世界をさまよう話だ。
実を言うと、この話が、いちばんの問題作である。
百合なのか、もっとも議論される可能性がある。
なぜなら、この作品には、女性は一人しか出てこない。

自分以外の誰かを求めて、世界をさまよう女性=主人公だけなのだ。
ときおり、メッセージを残す人物はいる。主人公は、その人物を探してさまよっている。
問題は、探している相手が、オトコなのか、オンナなのか。

それについて、はっきり書かれていない。
たった、それだけのことだ。小説の世界観には、ほぼ関係ない。
だが、百合を標榜する以上避けれない部分でもある。

私は、ここに叙述トリックにも似たテクニックが隠されていると感じる。
この作品が百合か、議論するのは間違っているのだ。
この作品は「百合である」という、前提のもと、読むべきなのだろう。

「百合だ」と思えば、相手を想像することは、ぐっとたやすくなる。
性別は女性で固定される。ちょっとした、痕跡も女性のものだと思えば、納得できるようになる。
この作品は、百合という前提を、まったく書かず、それでいて、百合の匂い(女性が、女性を追い求める姿)を、芳しく放つ。

これは、やられた。
百合好きが、読むと前提の短編なのだ。
百合だと思えば、百合になる。
そんな作品を、百合好きが読んだら、どうなるか。
しかも、百合だと思えば、その威力は、測れないほど絶大なのだ。

あなたなら、どうする?
答えは一つしかない。
遠慮なく、百合として堪能させてもらう!

せっかく「百合SFアンソロジー」なんて表題をつけてくれたのだ。
素直に、ここに載っているのは、百合だと思って、すべて百合にして読む。
百合かどうかは、関係ない。なぜなら、ここに載っているものはすべて百合なのだから。

……暴論、ここに極まる、といった感じだが、もし、百合かどうかで、頭を悩ませている人がいたら、それくらい軽い気持ちで読んで欲しい。
そして、百合の幅を、さらに広げてもらえたら嬉しい。
百合と受け取れる部分が増えると、世界はぐっと楽しくなるのだから。

まとめ


【アステリズムに花束を】のレビューを書いてみた。
百合SFアンソロジーという、素敵な表題に、引き寄せられるように買った一冊だった。
実は、あまり期待していなかった。
百合SFに良いイメージがなかったからだ。名作もあるのは知っているが、いかんせん、暗いのが多い。

しかし、ハヤカワ文庫さんは、やってくれた。
百合SFアンソロジーと題を打ちながら、なかなか、挑戦的な作品が多い。
百合のイメージが変わる人も多いと思うので、百合好きに限らず、読んでもらいたい一冊だ。

たまに違う分野と掛け合わせると、面白い結果が出るものだ。
これを見逃さなかったハヤカワ文庫さんは、先見の明があるのかもしれない。
アンソロジーなので、好きな話から読むのもよし。最初から読むのもよし。
スキマ時間で、ひとつずつ楽しむのもありだろう。
冬の寒さをこの単行本で乗り切りたいと思う。



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